方向転換した瞬間、世界が傾いた。
地面に吸い込まれる前に何かに支えられる。そのまま膝がかくんと折れた。
何度も名前を呼ばれている気がする。背筋は凍りそうに寒く、顔だけがやけに熱かった。体に力が入らない。最悪だ。

「立てるか」
「へ、へいき」
「嘘をつくな」

良く通る張りのある声に厳しさが滲む。龍水だった。

「……触るぞ」

言う前から触ってるのに、などと言っている隙もなく、あっという間に体が浮いていた。朦朧としていても自分が誰に何をされているかは理解できている。

「やだ、良いよそんなっ……うう……」

せめてもの抵抗でもがいてみたものの、視界が本格的に回り始めたので失敗に終わった。
龍水の腕の力は強くなる一方で、もはや抱えられているというより閉じ込められているというのが正しいくらいだ。

「力で敵うと思ったのか?」
「そういう……わけじゃ……」

言葉を発するのもつらい。本当はもう限界だった。
現在進行形で迷惑をかけているのは、嫌というほど分かっている。しかしそれ以上に彼の腕の中で安堵している私がいた。

「ごめん」

なんとか絞り出した一言。これ以上目を開けていられなくて、そのまま力を抜いて彼に全部を預けてしまった。
そうしている内に辿り着いたのは恐らく休憩所で、今度は慎重に寝かされる。
龍水、さっきから人を持ち上げたり降ろしたり、腰とか大丈夫なんだろうか。人の心配ができる程度には色々と戻ってきたようだった。

「重かったでしょ。ごめんねほんと」
「……さっきは、意地の悪い言い方をした」
「ん?」
「あまり無茶をしてくれるな」

心配してくれているのだろう。でも、龍水らしくもない。彼が元気でいてくれた方が私も安心して休めるというものだ。

「大丈夫。あのね、勿体なくて」

龍水の手が、額へと伸びてくる。熱があるからといって龍水の手が冷たく感じることもなく、彼の手も温かい。それがとても心地よかった。

「皆と一緒にいるのが楽しくて、ぐずぐずしてる時間が勿体ないって思っちゃった。……我が儘だね」

我が儘の結果がこの様だ。私みたいなのを虻蜂取らずとか、二兎追うものは一兎も得ずと言うのだろう。
龍水や千空のように欲しいものを手に入れるための筋道をちゃんと考えられる人間など、そうそういない。だけど、彼らが必要なものと、私が「こうしていたい」という気持ちを同列で語るのは失礼だ。

「そんな寂しそうな顔をするな。フランソワも入り口で待っている」
「い、至れり尽くせりだなぁ……」

お互いやることは山ほどある。早く治して戻らないと。そして、復帰したらもっと上手に自分を管理できるようにならないと。
龍水と入れ替わりで来るだろうフランソワに助言をもらうのも良いかもしれない。

「また考え事をしてるな?」
「む……もう寝ます」
「名前」
「ん」
「俺も同じ気持ちだ。いやそれ以上だな。欲張りなら負けん!……だから、早く戻って来い」

額に添えられていた温もりが消える。立ち上がってフランソワと言葉を交わしている龍水の背中がやけに遠く感じられた。
気付きたくなんてなかった。私の言う「皆と一緒にいたい」は、本当は「置いていかれたくない」なんだ。

「龍水」

届いたかも分からない。吐息と大差なかったはずなのに、彼はちゃんとこっちを振り向いた。


『まってる』


ゆっくり、そしてはっきりと。声を出さずに口だけ動かして、彼は今度こそ出て行った。
働きすぎから来る熱とは違う何かがじわじわと身体中を駆け巡っていく。
寝ると言ったそばから私はこのどうしようもない気持ちをどこかにぶつけたくて堪らなかった。

「ふ、フランソワ〜どうしよう〜〜」

これから暫く私の看病と相談に付き合わされるフランソワがなんとも頼もしい顔をしていたので、私もとうとう泣き声を上げてしまったのである。



2021.9.19 「お題:敵うと思った?」


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